================================================================= 系外惑星大気の分子検出・生命の兆候を探すまで ================================================================= 地上大型望遠鏡で系外惑星に生命の兆候を探す --------------------------------------------- .. figure:: _static/green.png :height: 400px :alt: green 図1: 西表島の自然 21世紀に入り、いよいよ地球型惑星が検出され始めた。液体の水が惑星表面に存在可能なハビタブル惑星の候補も既に幾つか報告されている。では太陽系外惑星上(に存在するかもしれない)の生命由来のシグナルを考えることはできるだろうか?このようなシグナルはバイオマーカーと呼ばれ, 系外惑星での生命探査の拠り所の一つとなっている. 例えば, 光合成活動に起因する酸素やオゾンなどの分子, 植物が光合成を効率良く行うために現れる反射特性などがあげられる.  バイオマーカーは, すべて地球の生物が実際作り出しているものである. しかし, どのような生物が進化するかということは, その惑星の環境や偶然に左右されるはずなので, 地球で考えられるバイオマーカーがそのまま系外惑星に応用できるとは限らない. むしろそのまま解釈できる可能性は低いだろう. 系外惑星の生命探査には, 生命のような複雑な(神秘的な)ものは奇跡であり, 他の惑星にいるはずはないという地球中心主義的批判と, 系外惑星には我々に想像もつかないような生命がいるはずで, 地球を参考にして探査しても意味がない, という地球相対主義的批判がなされる. ある意味, 後者の批判は当たっている. バイオマーカーで探しているのは, 実に地球から類推可能なタイプの生命であるということをはっきりさせておこう. 逆に言うと地球生命から類推不可能な生命は生命と呼べるのだろうか?しかし, それにしても, 地球に見られるバイオマーカーを作り出すプロセスに対し, 以下の二点を特に明らかにするべきであると思う. 1. 生物学的必然性を持っているのか? 2. 非生物学的なシグナルと判別可能か?  実際にはこの二点に完璧に答えられるバイオマーカーは存在しないが, 最も近いものが酸素である. 地球上の酸素はほぼすべてが光合成生物により作られた物質である. 地球上の生物はすべて, 物質同士の電子の受け渡しである酸化還元反応に基づいてエネルギーを得ている(下図). このような仕組みを代謝という. 電子を受け渡すだけで自発的にエネルギーが得られるのが呼吸または発酵であるが, これらは使い切りの人生であり, 利用する還元剤の継続的な生産がないと大規模な生態系を築けない. 反対にそのままではエネルギーを取り出せないが, 途中に光エネルギーを介して, 電子を叩き上げるタイプの代謝が光合成で, 地球上の生態系を支えている. 光合成には酸素を発しないタイプもあるが, 生命とは切り離せないと思われる「水」を, 電子を放出する最初の物質に採用すると必然的に酸素が生成される. また, 酸素を非生物的に生成するのは非常に難しく, 例えば0.18 ミクロン以下の紫外光による水の光解離などで微量に生成されるが, 大気に大量に蓄積させるのは難しい. 光合成による水からの酸素生成は0.7 ミクロン以下の光を使用できる究極の触媒反応といえよう. タンパク質酵素による触媒反応による化学反応は, 非生物的な触媒と比べ物にならないほど反応速度が早く, これは生物の重要な特徴の一つと考えられる. .. figure:: _static/metabolismj.png :height: 260px 図2: 光合成, 嫌気呼吸(ここでは炭酸呼吸)を例に取った代謝の酸化還元反応の模式図. 光合成では光のエネルギーを用いて, 電子のエネルギーを持ち上げ, ATPにエネルギーを蓄える. 水を電子供与体にすると必然的に酸素が発生する. 呼吸では, 酸化還元反応のみでエネルギーを取り出すので, なんらかの手段で還元剤(水素や酸素など)の継続的な供給が必要である. 図は名著ド・デゥーブ著、中村桂子訳「進化の特異事象」を元に改変した。  こういった理由で, 酸素は最重要バイオマーカーと考えられていて, はやくから酸素検出を狙った人工衛星による計画が提出され、盛んに検討されている。このような人工衛星を用いた酸素探索では可視域酸素0.76ミクロン線が有力な吸収線として考えられてきた。私たちは人工衛星を用いなくとも現在検討中の30m級大型望遠鏡でも酸素線が検出可能であると考えている。この場合、近赤外域の1.27ミクロン線が都合が良い。地上望遠鏡で観測を行う場合、地球大気による擾乱のせいで、主星と惑星の光度コントラストがある程度、近くないとならない。このような条件を満たすのは、晩期型の恒星(太陽よりも低温の恒星)周りの惑星である。30m望遠鏡では下図のようにM型K型星周りの惑星を中心に約50個程度の恒星周りで酸素探索ができるはずである。 .. figure:: _static/oxy.png :height: 400px   図3: 近傍の恒星まわりのハビタブルゾーンある(仮想的な)地球を30m望遠鏡+直接撮像で見た場合の酸素1.27ミクロン線(丸の大きさ)と惑星そのものの検出可能性  一般には, バイオマーカーを生じる生物プロセスは, 惑星のハビタットによって変更を受けるはずであるが, プロセス自体を理解していれば, どのように変更を受け, 実際, どのようなシグナルが出るのか原理的には予測可能であるはずだ. このように現在の地球で見えているバイオマーカーのプロセスを生物学的・物理学的に理解すれば, 地球で生物が関与しているからという根拠を超え, 系外惑星からのシグナルであっても解釈可能となると信じているが, 最初のうちは, 生物がいるかもしれない目安ぐらいの気持ちで探すのも悪くないだろう. Can Ground-based Telescopes Detect The Oxygen 1.27 Micron Absorption Feature as a Biomarker in Exoplanets ?, **Hajime Kawahara**, Taro Matsuo, Michihiro Takami, Yuka Fujii, Takayuki Kotani, Naoshi Murakami, Motohide Tamura, Olivier Guyon, **ApJ 758, 13 (2012)**, `arXiv `_ `IOP `_ 高分散分光を利用して分子直接検出をする --------------------------------------------- これまで系外惑星の環境を知ることができる方法は、トランジット惑星のトランジット半径の波長依存性を調べる透過光分光、同じくトランジット惑星の二次食を前後を利用して惑星放射を捉える昼側分光、直接撮像の三つに限られていた。しかし、近年、透過光もしくは惑星放射+主星光を高分散分光し、分子吸収ラインのテンプレートリストと相関をとることにより、直接、惑星大気の分子を検出する新手法が成功しつつある(Snellen+2010, Brogi+2012, Rodler+2012, Birkby+2013など)。この新手法は、まだ定まった名前が無いが、Spectroscopic Direct Detection (以下SDD)などとよばれている。SDDでは主に惑星の公転運動に起因する視線速度変動が直接測定できる(惑星視線速度)。最終的にはバイオマーカ探査を目標におきながら、最近はこの手法の応用を考えている. .. figure:: _static/prv.png :height: 400px - 系外惑星の分光直接検出で恒星光を抑制する装置コンセプト  恒星と惑星を分離せずに高分散分光し、分子吸収ラインのテンプレートリストと相関をとることにより、直接、そこに含まれる惑星放射光の分子を検出する新手法が数多く成功しつつある(Brogi+2012, Rodler+2012, Birkby+2013など)。この手法はまだ定着した名前は無いがここではSpectroscopic Direct Detection (以下SDD)とよんでおく。SDDでは主に惑星の公転運動に起因する視線速度変動が直接測定できる(惑星視線速度)。この手法では、惑星のシグナルはスペクトル的に分離されるため、主要なノイズ源は恒星の光子ノイズである。つまり望遠鏡の直径を3倍にしても、S/Nは3倍よくなるだけである(集光限界)。  一方、直接撮像用の高コントラスト装置、すなわち極限補償光学、コロナグラフ、ポストプロセスといった装置群は、元来、恒星光を抑制し、惑星のイメージを分離するために開発されてきている。この高コントラスト装置をSDDと組み合わせて集光限界を超える事が出来ないか考えた。つまり、高コントラスト装置を、直接撮像的な空間的な惑星の分離に用いるのではなく、恒星の光子ノイズを除くために用いるSpectroscopic Coronagraphを提案した。現在ではHigh Dispersion Coronagraphyと呼ばれることが多い。  SDDで惑星の放射を検出するためには、惑星放射が強くないとならない。現在では高温のホットジュピターでのみSDDが成功している所以である。すなわち、SDDのターゲット惑星は恒星に非常に近くに存在し、直接撮像で空間的に分離する事は非常に困難である。しかし、空間的に分離できなくても、恒星光強度を惑星に対し相対的に抑制し、SDDにおけるS/Nの向上をさせることを、すくなくともあるタイプのコロナグラフ(Visible Nuller)では、できることをみつけた。  この図は、Visible NullerをSpectroscopic Coronagraphとした時の平均焦点面イメージをそれぞれ、恒星、惑星、10の-4乗の惑星+恒星についてシミュレーションしたものであるが、見ての通り恒星と惑星は分離できていない。 .. figure:: _static/focal4.png :scale: 50% :alt: focal4  しかし、実はコントラストにして50倍くらいは改善されている。この `ムービー `_ では、上の図の恒星と惑星光を、50msフレームごとの焦点面イメージでみたものである。 このムービーで見ると、各瞬間では惑星に比べ恒星光が抑制されているのが見て取れる。これを積分すると上の図のようになるのだ。この光をスリットかファイバーにいれて高分散分光すれば、SDDのS/Nの向上が見込まれるという仕組みである。実はこの論文[1]では、高コントラスト装置をSDDに用いるというSpectroscopic Coronagraphの装置コンセプトを示しただけであって、最適なコロナグラフやその他仕様はまだ良く分からない。Spectroscopic Coronagraphの実証実験を `北海道大学 `_, や下記のSCExAO/IRDチームと共同研究中である。 Spectroscopic Coronagraphy for Planetary Radial Velocimetry of Exoplanets, **Hajime Kawahara**, Naoshi Murakami, Taro Matsuo, Takayuki Kotani, **ApJS,212 27** `arXiv:1404.5712 `_, - REACH ( Rigorous Exoplanetary Atmosphere Characterization with High dispersion coronography) =すばる望遠鏡での高コントラスト+高分散 上記のように、高コントラスト装置に高分散分光を組み合わせると、惑星視線速度検出の性能が格段に飛躍する事が予想される。そこで、すばる極限補償光学SCExAOとIRDの装置開発チームのOlivier Guyon氏, Takayuki Kotani氏、Nemanja Jovanovic氏, Julien Lozi氏、Sebastien Vievard氏、Masato Ishizuka氏、Ananya Sahoo氏らとSCExAOとIRDを繋ぐpost-coronagraphic injection の開発( `REACHプロジェクト `_ )を行っている。2019年にオンスカイテストに成功し、2020年からは共同観測装置となった。本プロジェクトは科研費基盤A `分散コロナグラフによる系外惑星大気の探索 `_ およびRESCEU, ABCにサポートを受けている。 .. figure:: ../reach/_images/reach2.png :height: 400px - 可視光領域ので分子検出 もともとSDDは、近赤外領域の高分散装置で開拓されてきたが、日本のすばる望遠鏡ではIRDができるまでは、HDSという可視高分散装置のみが利用可能である。そこで2014年くらいから、可視光でも光るくらい高い温度のホット・ジュピターWASP 33bでTiOという分子の探索を行ってきた。TiOは下図(これは放射スペクトルの理論モデル)のように可視域に多数の吸収線を持っているために、検出が統計的にも有利である。 .. figure:: _static/tio.png :height: 400px 最初はハワイでは珍しいハリケーンなどに邪魔されてしまったが、最終的には良いデータが取れて、委託D2のStevanus Nugroho氏の緻密な解析を経て、SDDでは初のTiOと温度逆転層の検出をすることができた。ちなみにNugroho氏と一緒に別の天体を観測した2016年にもハリケーンに上陸されて、運が良いのか悪いのか、、、というわけでついに我々も独自にSDDに成功したので、今後は自転情報等の力学的効果の検出などの楽しい応用に邁進したい所存です。 High-Resolution Spectroscopic Detection of TiO and Stratosphere in the Day-side of WASP-33b, Stevanus K. Nugroho, **Hajime Kawahara**, Kento Masuda, Teruyuki Hirano, Takayuki Kotani, Akito Tajitsu, **AJ 154,221** `arXiv:1710.05276 `_, - 惑星の自転情報の抽出法 そこで、惑星視線速度を用いた新しい惑星キャラクタリゼーション法の開発を行っている。一つは惑星視線速度に含まれる惑星の自転情報を抽出する方法論を提案している(Kawahara 2012)。惑星の自転情報は観測的に決定することが難しい物理量の一つであるが、惑星の表層環境を決定する上で重要な量であり、形成論との関係も指摘されている。 The Spin Effect on Planetary Radial Velocimetry of Exoplanets, **Hajime Kawahara**, **ApJ Letters 760, L13 (2012)**, `arXiv:1209.0101 `_ , `IOP `_